« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »

2019年6月

2019年6月 3日 (月)

山手線や新幹線は大丈夫か?~横浜シーサイドライン新杉田逆走事故

6/1、横浜シーサイドライン新杉田駅で逆走事故が発生しました。

横浜シーサイドラインといえば、「新交通システム」ですが、新交通システムといえばATO(自動列車運転装置)による無人運転です。現在のところ事故原因はわかっていませんが、ATO車上装置の不具合という意見がやや有力視されている印象です。

ATOといえば、JR山手線で試験を行っていますし、東北新幹線ではALFA-Xでの試験が行われる計画があるようです。
運転士確保が困難となる見通しであることを理由にATO試験に乗り出すということですが、こういう事故が発生すると、トラブル対策は十分にとれるのか不安になってきます。山手線は都市部でトラブル対策が取りやすいからまだよいものの、新幹線は駅間距離が長くトラブル時の乗客の案内・誘導が現在でもスムーズにいかないときがあるのに、運転を完全自動化して大丈夫なのか疑問です。
既にトラブル対策、とくに乗客の避難誘導は車掌が行い、運転士はこれを全くやらないのということなっているであればよいかもしれませんが、一般の乗客はそういうことを知るわけが無いので、乗客にとっても不安でしょう。

JR・私鉄問いませんが、ATO導入の際には、安全である根拠とリスクをしっかりと利用者に働きかけて理解を得る必要があり、まして今回の事故で導入には慎重になってほしい、と考えましたね。

| | コメント (0)

2019年6月 2日 (日)

(番外編)理想論にかられた論拠のしっかりしない感情論でしょ?~登戸の事件に対する藤田某氏のメッセージ

5/28、JR・小田急 登戸駅近くで無差別殺傷事件が発生、2名がお亡くなりになり、実行者は50歳代の引きこもりの男性で、現場でそのまま自殺、という悲しい事件が起きてしまいました。

犯人以外のお二人のご冥福をお祈り申し上げます。

背景はいろいろ報道されてますが、藤田某氏のコメントについて、個人的にものすごく批判したいですね。

私は何度かこの藤田某氏のコメントを読んだことがありますが、ハッキリ言って共感できる内容の方が少なく、説得力を感じることができていません。この事件に関するコメントも同様ですね。

さて、記事・コメントの本文を丸写しするのもどうかな~と思いますので、青湘遊郎的なツッコミを。

・この論理は結果的に犯人が自殺したから出てくる論理であって、
 犯人の意思が「無差別殺傷をした後に自分も死ぬつもりだった」ということが100パーセント正確にわかってなければ成り立たない。
 掲載時点でこの
 「何らか社会に対する恨みを募らせている場合が多く、『社会は辛い自分に何もしてくれない』という
 一方的な感情を有している場合がある」
 という主張はただの推測。
 犯人の特殊な生活歴などの追加の報道はされたが、犯人も死亡している以上、事実は絶対に分からない。
 推測を事実と扱ってそれを前提に議論するのはいかがなんでしょ?

・社会は一個人を大事になんかしていない。一個人を大事にするのはその道の専門家。
 まあ、川崎市精神保健福祉センターは引きこもり云々で珍妙な逆ギレをされてそっぽ向かれてしまったわけだが。
 社会全体で「あなたを大事にしている」という感覚を育てることが必要だと言いたいんだろうが、
 ここまで個別化が進んでしまった社会では、ハッキリ言って無理。
 一般住民は「結局、具体的に私たちは何をしたらいいの?方法なんてわかんねえよ。」と狼狽して何もできないのがオチ。

・自分が大事にされていなければ他人を思いやることができない?
 いやいや、引きこもりが許されていたことで、ある意味大事にされていたではないか。
 むしろ犯人は、引きこもってさらに珍妙な逆ギレをすることによって他人を大事に思いやることを否定しているんだがな。

・凶行が繰り返されないように、他者への言葉の発信や思いの伝え方に注意しろ?締めがこの言葉とは情けない。小さすぎる。
 小さい内容を言いたい割には、文章が長すぎる。
 また、他者というのは社会から零れ落ちてしまっている方のことを言っているのだろうが、
 お互い知らない同士で言葉や思いの伝え方に注意するなんてほとんど無理でしょう。
 人間、自分の得にはならない面倒くさいことからは避けたい心理があるので、結局は「お互い何も言わない」で終わりますよ。

(弁解コメントについて)
・追い詰める言葉を投げかける人が減ってほしい?何を言っているのやら??
 事件を起こしていなければあんたの言う「追い詰める言葉」は出てきていたのか?
 事件が起こったから追い詰める言葉が噴出したんでしょ?

こんなところですかね。

正直言いますと、今回のこの藤田某氏の記事、私は初見では「おいおい、まさか無差別殺傷を行うことを容認したいわけではないだろうな?」と勘違いしかけました(まあ、読み込んで論旨は理解しましたがね)。
そもそも、犯人の生活歴が歪んでいようがいまいが、犯人が世の中を恨んでいようがいまいが、他人の生活・生命を奪う権利なんて存在しませんし、存在を許してもいけません。
他人には全く関係が無いからです。

藤田某氏は社会福祉士で社会活動家だそうですが、理想が高いのではないかと個人的には考えてみています。それが故に今回の事件へのコメントは「本質」を見誤っている印象を私は持っています。最後に1ツッコミ。

理想主義に駆られているのかは知りませんが、現実と摺り合わせするという考え方ができているかが疑問だね。

| | コメント (0)

« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »