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2017年6月25日 - 2017年7月1日

2017年7月 1日 (土)

N700S、気を付けて見ないとN700と区別がつかない。

完全に乗り遅れましたが・・・、

http://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000034313.pdf

やっぱりこうなったか、というのが正直なところ。

N700Sの内外装デザインが発表されました。

第一印象としては、自動車で言うとマイナーチェンジ、あるいはキープコンセプトのフルモデルチェンジという感じです。

ただ、トンネル微気圧波対策で先頭形状の設計が厳しくなっているのもまた現実なわけで、デザインもどうしても制約が厳しくなってくる、といったところでしょうか。

こういうことを考えると、JR東日本の新幹線系列(北海道と西日本はどうした、というツッコミは無しでお願いします。)の新型車両のデザインも、前照灯などの基本レイアウトはあまりかえられず、カラーリングで勝負してくる、ということになってしまうんでしょうかね。

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2017年6月30日 (金)

やっぱりトンネルになりますか・・・~北海道新幹線札幌市内ルート

N700Sのネタから書きたかったところですが、先にこちらを。

http://www.jrtt.go.jp/08-2Press/pdf/h29/pressh290630.pdf

鉄道運輸機構により、北海道新幹線の工事実施計画の変更が発表されました。

これまでも何度か設計変更に伴う発表はされてきていましたが、今回の内容は長万部駅前後を地平式から高架へ変更するもの、そして何と言っても札幌市内ルートを高架からトンネルへ変更するものです。

札幌市内について少し詳しく述べると、手稲トンネル約18.8kmを札幌駅近くまで延長の上「札樽トンネル」(約26.2km)と改称、トンネルの坑口は在来線の桑園-札幌間に設けることにしています。

私はかつて札幌市内はフルスピードに達する距離はあまりないから、車窓がつまらなくなるトンネルは止めてほしいとこのblogで述べましたが、やっぱりこうなったか・・・

まあ、特に冬期間の新幹線の安定輸送と車両故障の防止などの観点から、私は鉄道・運輸機構のこの選択を否定するつもりはありませんけどね。

ただ、今のところ札幌駅を地下化する前提にはなっていないようです。

ここでひとツッコミ。

札樽トンネル←なんて読むんだ????

「さっそん」でいいんですかね?

長万部駅前後については、かつての倶知安付近同様で、都市計画上の理由で効果に変更されたということになっています。

ただ私は、十分な根拠が建てられているわけではありませんが、実は冬期の雪害対策も込みで高架化されたのでは、と思っています。

考えてみれば、地上にすれば除排雪スペースの確保が難しいですからね。融雪にするとしても、気温が低すぎれば役に立つかどうか・・・・・。
高架にすれば「高さ」が上がる分除排雪スペースが増えるんじゃないか、というわけですね。

ともあれ、新幹線で札幌市内の車窓を見れないのは残念ではありますが、受け入れざるを得ないか。

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2017年6月25日 (日)

(番外編)小林 麻央 さん逝く~「生」と「死」について語ってみます。

美人薄命……。

この言葉、異常にしっくり来ると感じます。

小林麻央さんが6/22お亡くなりになりました。

さすがに報道各社が大きく取り上げましたね。
麻央さんについていろいろ言うには私は彼女のことを知っているわけではないので
他の方にお任せするとして、
クソ真面目に「生」と「死」について述べてみたいと思います。

麻央さんは2016年に乳がん闘病中であることが発表されましたが、
告知時ですでに遠隔転移あり、すでにステージⅣ、
その一方で乳房の保存を選択した(あるいは全摘の有用性が薄いとされた)と言われていました。

私は報道を聞いた瞬間正直、「あ、ダメだ」と思いました。

ステージⅡ(Ⅲに近い)とされ乳房の全摘を決断、
現在テレビに復帰を果たしている北斗晶さんとついつい比べてしまいます。

病状そのものはもちろんのこと、
ちょっとの決断の早さや決断の内容の違いで大きく異なってしまうのは、
運命の恐ろしさ・残酷さを感じさせます。

麻央さんについて多くの人が「治る」という奇跡を信じたかもしれません。
しかし、麻央さんに限った話ではありませんが、
奇跡はほとんど起こらないから奇跡というのであって、
現実はそんな甘いもんじゃない、
無理に抗い続けるとただただツラいだけでその割には良い結果が出ず、
ということは良くあります。
私は、眼前にある厳しい現実を受け入れてその中で生活の質を可能な限り保つ、
という考えの方が、実は大事ではないかと思います。

どんな生物もやがては死にます。
人間の平均寿命が延びつづけている現代でもその真理からは逃れられません。

私は仕事柄、多くの方々の生活、時には生と死にも向き合いますが、
人は、結局は非情な現実を受け止めて生きることになる、
という結果になることが多く、
だからこそ多くの人には後悔の無い人生の選択をしてほしいと思っています。

麻央さんは自宅で旅立たれました。
恐らくではありますが、麻央さんも結局は最後の時を家族で過ごすという選択をし、
一番いい形で旅立ったのではないでしょうか。

さて、何故病院で過ごさなかったんだろうか、という方々はどのくらいいるでしょうか?

人の生死が現実のものとなってきたとき、
人間というのは勝手なもので、
その現実から少しでも目を背けたい、とか
病人と最後の時を一緒に過ごすのは家族の方がツラい、とか
そもそもこんな状態の病人を家に帰せるか!などなどという理由で、
現在でも病人が病院で患者が最後を迎えるケースは非常に多いです。
それはそれで結構。
この麻央さんのケースのように、
病人を支える環境的な準備と患者を支える人たちの覚悟があれば、
病人は自宅で最期を迎えることはできます。
「病院でも自宅でも、どちらでもお好みでどうぞ」と申し上げたいですね。

ただし、支える人たち自身がツラいから、というのって、
一歩間違えると意外に勝手なものであり、
病人を孤独にしてしまう論理であることは、
ぜひ意識していただきたいと思います。

読者の皆さん、このエントリーは相当纏まりに欠けて読みづらいと思った方がいらっしゃるでしょう。
この記事は、私なりにいろいろなことを考えましたので、
敢えて綺麗に纏めるのをやめることにしました。
乱文にお付き合いいただいたことにお詫びを申し上げるとともに、
御礼申し上げます。

最後に、マスゴミへ。

お前ら海老蔵さんが自分の口で話すまで数時間も待てなかったのか?

この件、フライング報道されたわけですが、
海老蔵さんはきっと自分の言葉で国民に伝えたかったでしょう。

お前ら空気読め

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