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2010年11月29日 (月)

実はこういう真実がありました。

東北新幹線八戸-新青森間開業、すなわち東北新幹線全線開業までいよいよあと5日ですね。

レポートをガッツリやるつもりなので乞うご期待。

さて、今回はこれまであまり話題に挙がって来なかった真実を2つほど紹介したいと思います。

まずは、三内丸山架道橋について。

三内丸山遺跡が発見されなければ、たぶんああいう造りにはならなかった橋だって、ご存知ですか?

完成ルートは細越トンネルから新青森付近まではカーブのしっぱなしで直線区間がほとんど無いんですが、ルート決定当時細越トンネル東京方に現ルートよりも急曲線を設け、その急曲線以北をほぼ直線で新青森駅へ向かうルートでした。このため、細越トンネルは国道7号環状線の東側で抜ける、つまり新幹線は国道7号環状線とトンネルで交差する計画だったわけです。変更前のルートだと細越トンネル以北は盛土or切取、沖館川の遊水区域となっていき、構造物が市民の生活に支障する要素が無いので、長い径間(橋脚間の距離。「スパン」とも)を確保する必要も無かったと思われます。

ルートが最大約400m西側にズレて現在に至るわけですが、ひょっとしたらの話をもう1つ。

実現可能性はほぼゼロと言っていいんですが、羽越新幹線とどう接続するか?こいつが疑問です。新青森駅のすぐ南を分岐合流とするのか?あるいは細越トンネル-松森トンネルの間の明かり区間か?
ルートを変更した当時は、どうするつもりだったんでしょうね?
根拠は全く無いんですが、現在の三内丸山架道橋の位置付近で分岐・合流地点となる可能性はあったんじゃないか、だったら一番手っ取り早かったんだろうな~と、たまに考えてしまいます。一応、新青森駅の立地の意義のうちの1つに「羽越新幹線との接続」もあったわけですからね。

まあさっきも書いたとおり、羽越新幹線は実現可能性がほぼ無い新幹線なので、あまり妄想を膨らませすぎないようにしますが。

さて、次に青森新幹線車両基地について。

実は車両基地の当初計画は、もう少し北側にあったことをご存知ですか?

相当前に私は整備新幹線関係の新聞記事を集めまくっていた時期がありましたが、その中の1つに「車両基地は、当初は西田沢飛鳥地区に建設する計画だったが、規模縮小の上、建設場所も変更」といった内容の記事がありました 。その理由を考えてみると、やはり「コスト削減」という整備新幹線の主題が浮かび上がってきます。
油川字実法に造られたのはちょうど12両編成対応の小規模車両基地用の広さをもつ敷地が新青森の近くにあったから。個人的印象としては、国道280号バイパス、県道234号、住宅地、JR津軽線、新城川で囲まれた部分に無理矢理押し込めた感覚ですが、恐らく建設規格をフル規格16両編成対応で踏襲していたら敷地面積が足りず、油川には造れなかったことでしょう。

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