« 2009年3月1日 - 2009年3月7日 | トップページ | 2009年3月15日 - 2009年3月21日 »

2009年3月8日 - 2009年3月14日

2009年3月12日 (木)

青森市は都市像を誤解している?

E954系(FASTECH360 S)が上越新幹線熊谷駅に出現ですと?

E954系が熊谷に来たという情報を得ましたが、果たしてこの先、新潟・軽井沢あたりまで乗り入れるか?ちょっと動向を見守りましょう。

して、今日の本題、青森駅の駅ビル関連の話題の続きです。

今回は今の中心市街地と活気がある地域の違いについて考察します。

皆さんご承知と思いますが、青森駅前と言えばかつて青函連絡船の中継地として発展してきました。簡単に言うと、連絡船に接続するのに一番合理的な条件だったわけですね。これが青函トンネル完成・津軽海峡線開業に伴う青函連絡船廃止の以後、中心街区としての活気が薄れ、後に登場した郊外型ショッピングセンター(以下、郊外型SC)によって客足が遠のいたというのが「基本的な一般論」かと思います。

ここで全国的にどういう見方をされているかを述べると、青森市が発展してきたのは交通機関の要衝だったというのがポイントで、「交通都市」という側面をもち、それに加えて青森県の行政拠点でもあるというのが青森市の特徴のようです。

私はこれに東京からの鉄道輸送というものを加え、青森市は鉄道によって成り立った交通都市と解釈しています。

さて、これに「時代の流れ」というのを加えて考えると、どうなるか?

鉄道貨物は青函連絡船・青森操車場という大規模施設の廃止通過効率の向上などで拠点性が失われ旅客については東北新幹線大宮-盛岡間開業後も在来線のスピードが長年放って置かれた青森市は、鉄道による東京方面とのつながりが希薄になってきます。いや、盛岡乗り換えの心理的抵抗が出た分考えようによってはつながりがさらに希薄に感じられたかもしれません。その間、本州-北海道間の旅客輸送は飛行機が主役となってしまいました。

敢えてかなり厳しい言い回しをしますが、時代の流れによって青森市は、東京-北海道間の中継地としての拠点性を持つ必要が無いというのが見抜かれそれが失われたのが現在の青森市の姿というわけで、私はなるべくしてなった結果と思います。

さて、青森市と青森県は新幹線に何を期待しているのか?新幹線もかなりの部分で合理的な乗り物なので、かつての青函連絡船時代の拠点性は望むべきではないと思います。

では、新幹線の開業に何を望むべきか?

私はとにかく交通が便利になるようにするのが青森市の役割と考えています。旅客や貨物が便利に通過できる都市、これが青森市に求められる姿と思うんですよね。

というわけで、無理矢理な理由をつけて現・青森駅前への人の流れを作り出すということは、青森市の発展の原点に背くことになります。

どうもこのところの動きを見ていると、その辺を勘違いしている気がするんですがね。

今日も荒川橋梁・高田高架橋平成19年9月撮影分の続き。

ただし場所はスカイブリッジ付近からです。

H1909

左が新青森方面、奥が七戸(仮称)・八戸方面ですが、高田高架橋→荒川橋梁→船岡高架橋→金浜高架橋→牛館川橋梁他→松森トンネルと続きます。

H1909_2 H1909_3

上の2枚は高田高架橋を中心に撮影。右がその拡大です。

拡大すると、路盤の勾配の様子が分かります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 8日 (日)

繋がりの無い活性化策

いろいろあって更新が遅れてすみません。

青森駅の駅ビル関連の話題の続きに戻ります。

JR東日本清野社長は3月3日の定例記者会見で、青森駅ビル構想に協力姿勢を示したという報道がありました。まあどんな形になるにせよよほど規模が過大でない限りJRは協力しないということは無いでしょうから、ちょっと安心できます。

さて、前々回の記事では市役所業務拠点は活性化には繋がらないし、繋がることを目的とした施設ではないと言いました。

計画した方々はこの辺を勘違いしていると私は思っています。しかしこれは青森市の中心市街地に関する都市政策全般に言えます

近くに立地することになるので述べますが、青森駅の駅前広場から見えない位置(確か)に青森市文化観光交流施設(いわゆる仮称・ねぶたミュージアム)というハコモノを造ろうとしています。これは何が目的か?観光客の呼び寄せ「だけ」が目的と思われます。しかし、これは正直意味の無い施設ですね。駅前広場から見えず、存在感が分からないだけでも問題ですが、一言言わせていただくと・・・・・・・、

ねぶたの里を差し置いて何を造るんだ?

私はこの施設、見込みほど利用客が入らないと考えます。競合すること自体だけでなく、簡単に言うと、いい加減にしないと飽きられてしまうと思うからです。それ以前に多くの観光客が降り立つのはあくまでも新青森駅(←もちろんそうとは限りませんが、県や市が目的をこう見込んでいるので)。これを計画した人たちは、新青森駅からどうやってこの施設に来るかまで考えてるんですかね?私にはしっかり考えたとは思えません。またここで一言・・・・・。

バスで来るんだったら、ねぶたの里に行っちゃってもいいんだし。

ということで、観光客を増やすための計算がされたとは到底思えずまず「中心市街地への観光客の恒久的増加に繋がる」結果になると考えにくいというのが1点。

次に、機能の問題。前回と被りますが、市役所業務機能だと「閉鎖的」な機能なので、外部へ良い影響が出るかどうかは疑問です。はっきり言ってそのための説得力が無い。駅にできる市役所業務拠点を訪れる人がでることによって、周りにどういう効果が出るのでしょう?アウガの来客人数や文化観光拠点施設の利用客が伸びるんでしょうか?私は無理だと思います。

この2点をご説明してみましたが、恒久的に続くとは思えない集客目的とハコモノの機能に関して、噛み合う要素が強く感じられないため、市の目論見通りうまくいくかは甚だ疑問で、「自信持って活性化に繋がるというんなら、もう少し具体的に理由を説明してみてよ」と聞きたいぐらいです。「活性化」という全体の目標に対して施策の目的と機能両面での繋がりが感じられないということですね。

ハコモノを立てるのは反対するつもりはありませんが、利用客増の状態が永久に続くように、同時に周りの施設(ここで言う新町商店街)にもその影響が届くように計算されつくしたものでないとあまり意味がありません

本日はまず2点力説してみました(笑)

次回は青森市は都市としてどんな機能を持っているかを中心に、自説のもとに述べてみたいと思います。

今日は荒川橋梁・高田高架橋の平成19年9月の続き、高田高架橋の全景をアップ。

H1909 H1909_2 H1909_3 H1909_4

場所は県道44号のスカイブリッジアクセス部という、当blogではおなじみのところですが、このときは、道路から見ても軌道工事と電化工事がピークであったことが伺えます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2009年3月1日 - 2009年3月7日 | トップページ | 2009年3月15日 - 2009年3月21日 »