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2009年11月 3日 (火)

ついにレールが締結です!

本日はまさにタイトルの通りです。
東北新幹線八戸-新青森間レール締結式が新青森駅構内で行われました

古くから新幹線に関わりを持ってこられた方にとっては、まさに感慨無量でしょう。東北新幹線盛岡-青森市間の「基本計画」が決定したのは1972年東京-盛岡間の基本計画決定が1971年でしたから、後者の基本計画から考えると39年掛かっての全線開業となります。
こうして見てみると、基本計画決定がわずか1年ズレただけで、新青森開業が盛岡暫定開業の1982年から28年も遅れることになってしまうんですから、政治と時代、経済の変化ってのは恐ろしいものです。さらに今でもその恐ろしさは表出しかけてて、北海道新幹線長万部-札幌間などの着工が見送られる可能性が言われ始めています。

さて、一通り青森県内各メディアのサイトを見回しましたが、気になることが1つ。
来年の4月から試験車両走行開始って報道されてますが、これは正確な情報なんだろうな?
報道記事を見直してみると、鉄道・運輸機構が正式にコメントしたという記述があったりなかったり。ちと頼りない報道な気がします。

来年4月から始まればそれはそれでうれしいんですが、私個人の間抜けのせいで前に大ウソをブッこいてしまったので、ちょっと警戒しておきます(笑)
あ、東京起点からの距離、今回は今のところ正しく報道されてるようですね

今日の写真はこちら。

H1801st←新青森駅、平成18年1月撮影。

この手のメモリアル的な用途を考えて写真を撮ってこなかったのが祟りました(泣)
もう少し東側から撮ってればですが、記念は記念なので勘弁してください。

・・・・・・・ってヒドいですね、私(笑)

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コメント

レール敷設に3年(2006年10月敷設開始、2009年11月敷設完了)かかったとは時間がかかりすぎのように思います。
盛岡~八戸の2000年2月敷設開始、2001年12月敷設完了という実績から見ると遅すぎます。
レール敷設以前の土木工事(新青森駅の奥羽本線交差地点・八戸電留線撤去)の着手が不自然に遅かったのでどうにもできない事情はありますが、その2地点以外の土木工事と歩調を合わせて工事していれば2009年12月開業は可能だったはずです。2006年頃までは盛岡~八戸の7年遅れペースの進捗でしたが、2007年以降はスローダウンしており、そうなった元凶である国土交通省・鉄建機構・青森県・JR東日本のやる気のなさは批判に値すると思います。

投稿: 青森市民 | 2009年11月 4日 (水) 01時26分

>青森市民 さん
コメント、ありがとうございます。

なるほど、国土交通省・鉄建機構・青森県・JR東日本のやる気が無いと仰いますか・・・・・。
しかし率直に申し上げて貴方のご意見は、
単純にレール敷設開始から締結式までだけを見た少々短絡的なものと思いますし、
工事の流れの一部に相違があったから「やる気が無い」とは、かなり乱暴なものとも思います。
そもそもJR東日本は、整備新幹線工事に関して関わることが無いため、
批判を受ける立場にありません。

私は、
1:盛岡-八戸間と八戸-新青森間は建設スキームが異なること。
2:これに伴い、単年度ごとの予算充当が異なり、工事実施計画も異なること。
この2点を貴方にお考え頂きたいです。

私は逆に当blogでも触れたように、
当初はH9年12月の八戸以北着工決定から22年後(H31年)の完成とされてたんですから、
「やる気が無い」とは決して思ってませんね。

投稿: 青湘遊郎 | 2009年11月 4日 (水) 20時51分

完成に時間が掛かってるのは政治的な思惑にあれこれ振り回された結果でしょうから…
羽田空港の今後を考えるなら、東北・北海道新幹線と北陸新幹線の早期完成は、発着枠を考えれば好都合な筈なんですが、その辺の全体を考えた発想を出来る政治家が居ないのがなんとも…

投稿: Noriyuki | 2009年11月 5日 (木) 00時25分

盛岡〜青森市の基本計画策定が切り離された経緯はよくわからないのですが、当時から取りあげていた青森駅舎問題があったからなのでしょうか?
基本計画が一年遅れて開業まで28年、そして並行在来線の経営切り離しなど新幹線開業に対しては県や周辺市町村への代償もまた大きいものだなぁと感じています。もし、一気に東京〜青森までの基本計画策定が当時あったのならとっくの昔に開業して、ひょっとしたら並行在来線の経営切り離しもなかったのかもしれません。
それとも、基本計画策定当初から並行在来線の経営切り離しの構想はあったのでしょうか?

投稿: だだ | 2009年11月 5日 (木) 04時25分

>Noriyuki さん
毎度どうもです。
同感です。これは「既得権益」というのがキーワードになってるのではないかと
たまーに思います。

>だだ さん
お久しぶりです。

これは色々な要素が複合的に絡んで、結果的に基本計画から漏れたと言われてます。
だださんご指摘のことの他に、私が記憶しているものを2つほど挙げると、
・津軽ルートと南部ルートの比較検討
・当初は東京-仙台間のみだった基本計画が某政治家によって盛岡に延長されたが、
 青森はその波に乗れなかったという、「政治力」の問題
ですね。
また、並行在来線の経営分離の概念が追加されたのは、平成になってからです。

投稿: 青湘遊郎 | 2009年11月 5日 (木) 20時36分

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