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2008年10月26日 - 2008年11月1日

2008年11月 1日 (土)

原点

0系車両が今月末で定期運用から完全引退(さよなら運転は12月)だそうです。

思えば東海道新幹線が1964年10月1日に開業してから44年以上の本当に長い間、よく生き続けてきたもんです。東海道新幹線、そして0系車両が無かったら、東北新幹線が青森県都まで来なかったでしょうし、E5系も誕生はしなかっただろうなと、ふと考えてしまいました。

普段の私は新しめの車両を好むんですが、そんなこんなで0系に対する敬意を込めて某社の0系関係のDVDを購入しました。

0系がどんな車両だったかについては誰でもすぐに調べられるので説明は割愛しますが、車両のほかの部分を合わせて、「当時持っていた技術を最大限駆使して世界初の200km/hオーバーの営業運転を果たした」ということに意義があると思います。

パッと見で、派手に新技術を投入しまくったと思われがちな新幹線ですが、誤解を恐れずに言うと、0系車両に関しては実はそうでもないと考える人もいるんですよ。実際0系は、在来線車両を発展に発展を重ねて造られたもので、当時の技術者曰くモーター、ブレーキ、制御など、要素技術では当時でも200km/hは難しくはなかったとか。しかし当然ながらそれらの200km/h超の速度で走行するための要素の中で一部が全くモノになっていなかったら営業運転させられません。そういうモノになっていなかった技術に改良を重ね、高速運転に必要なあらゆる要素が、世界で初めて営業運転できるような高次元のレベルで噛み合った結果が0系の安定走行で、それが現在の新幹線の「原点」と思います。

ちなみに、私個人の新幹線における「原点」は、やっぱり200系ですね。当時開業したての大宮駅で200系をバックに親子で撮った写真は、今でも手元にあります。

さて、今日は手持ちの写真から「原点」というテーマに相応しいものを選んでみました。

H181_2 ←東北新幹線起点と200系。平成18年1月、東京駅にて撮影。

H168_2 ←東北新幹線八戸新青森間工事起点から七戸(仮称)・新青森方面を望む。(平成16年8月撮影)

尻内高架橋・路盤が工事真っ最中でした。

H205_2 ←上の写真から少し北にずれた位置から八戸方面を望む。(平成20年5月撮影)

奥に見えるのは建物は電留庫で、将来は本線になるはずです。

今日の写真はそれ「原点」じゃなくて「起点」だろ?という突っ込みが来そうですね(笑)

ホントは鴨宮(神奈川県小田原市)だとか栃木県の石橋付近(下野市)や同県小山市、仙台駅などなどの方が「原点」に相応しくて良かったんですが、何とこれらについては1枚もありません(爆)・・・多少無理矢理感がありますが、ご勘弁を・・・(謝)

さ、DVD見るかshine

※11月2日、一部加筆しました。

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2008年10月30日 (木)

町長さん大変かも・・・。

28日の上十三地域広域市町村圏協議会で、七戸(仮称)駅の駅名について話し合われました。皆さんは7日の七戸町議会東北新幹線対策特別委員会での意見と見比べて、どうお感じになりましたか?

一通りメディアの記事を全て読みメディアごとの解釈の違いを確かめてからこの記事を書いたので、アップが少々遅れてしまいましたが、会議の結論は

「駅名は七戸町と十和田市の2者で話し合って決める」

というものなったようです。

そこでちょっと注目なのが・・・

駅名は「七戸・十和田」とする様相になってきたこと

七戸町内では未だ「七戸」単独の名前にするという意見も根強いようですが、当の七戸町長は「新幹線効果を七戸だけにとどめず、出来るだけ広い地域までもたらす」という考えからなのか、むしろ単独名にこだわりを持たず、他市町村に譲歩しているようです。また、十和田市長は立場上当然ですが、「十和田の代表として、十和田の名前を入れて欲しい」と言ってきており、七戸町長との歩調も合ってきています。

報道を見ると、モノによっては「矛盾してるだろ、オイannoyと突っ込みを入れたくなる文章がありますが、七戸町と十和田市の「単独名にしない」という方向性が一致しているので、やはり「七戸・十和田」を中心に考えられそうです。

しかしこれから単独名を強く支持する七戸町内の意見を押さえ込むことになる七戸町長さん、大変かも・・・。ただ、今回の七戸町長の「新幹線は七戸だけのものじゃないと考えていると思わせてくれる姿勢」が、私個人は結構好きですね。

今日はその七戸(仮称)駅、いってみます。それにしてもエライ変わりようです(笑)

H178st ←これは平成17年8月の様子。

ちょうど南口に当たる部分。小さいですが左寄りに「トンボ」があります。右が八戸方面、左が新青森方面。

168st ←これは平成16年8月の、上の写真から八戸側を撮ったもの。

H168st ←同じく平成16年8月時点の新青森側。

今はもう撤去されていますが、「トンボ」には「東京起点629k212m」と書かれてました。七戸(仮称)駅は東京起点629.220km(鉄道・運輸機構式に書くと、629k220m)に恐らくホーム中心が位置し、この「トンボ」は8mその位置からズレた場所に当たります。ちなみに、七戸駅路盤他工区は平成17年10月29日に起工式が行われたので、1枚目の写真はちょうどその少し前ですね。

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2008年10月27日 (月)

祝!10,000越え

本日はタイトルの通りです。本blog、おかげさまで10,000アクセスを突破いたしましたhappy02

いやあ、嬉しいですね。思えば約1ヶ月前の9月29日にアクセス数5,000越えのお礼をさせていただいたばかりですが、1ヶ月弱で約5,000アクセス、この1ヶ月の平均アクセス数約160で、1日アクセス数100を切ることの方が珍しくなってきました。開設当初はやはりなかなか見ていただける方の数が多くありませんでしたしね。それに本blogは見る人が限られる内容のモノなので、この数は嬉しいですね。

これまであれこれ書いてきましたが、本blogは記事のアップの際、出来る限り正確な情報を使い、出来るだけ誤解をしていただくことが無いように心掛けてます。「お前が載せた情報、間違っとるわ!annoyということがあれば、コメント等にてご指摘ください。

皆様、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m

本日は、手持ちのデータ画像で最も古いもの込みでアップ!

H16_5t ←平成16年5月撮影の細越トンネル新青森側坑口。

オリジナルデータには自分の手が写ってしまってますので、手が消えるようちょっとトリミングしました(笑) 「写ルンです」で撮った写真は、自分の手を写してしまったカット多数(泣)

H17_8247 ←平成17年8月当時の石江架道橋部から七戸(仮称)・八戸方面を望む。

「石江架道橋」とは、県道247号鶴ヶ坂千刈線(通称:旧道)と交差する架道橋のこと。当時は新青森駅高架橋工区が着工されたばかりでした。当然、なーんにもありません(笑)

H17_8sth ←当時の新青森駅在来線ホームから新幹線車両基地・北海道新幹線奥津軽(仮称)方面を望む。上と同じく平成17年8月撮影。

用地買収が進み、すっきりしてはいますが、こちらもなーんにもありません。

ちなみに、平成16年~平成17年のものは「写ルンです」で撮影し、保存していたネガをCD-R化しています。それより前の平成15年の写真もあるにはあるんですが、いかんせんネガが無い・・・。現像したあと間違えて捨てちゃったかな・・・?

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