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2008年10月12日 - 2008年10月18日

2008年10月17日 (金)

ショートカットはしょうがない!

今日はたま~に投げかけられる、「三沢や野辺地をなぜ経由せずに、七戸経由になったのか」という疑問について分析してみようと思います。

東北新幹線八戸-新青森間81.8kmは、在来線の八戸-青森-新青森(96.0km+3.9km)と比べ、18.1kmもの短縮がされています。100km以下の距離で18kmもの短縮は相当なもの。

ルートを比較してみましょう。

新幹線は八戸駅を出てR4000のカーブを切りながら在来線と離れた後に西北西へ向かう直線となり、八甲田トンネル内で緩い左カーブ、同トンネルを出た後数回の右カーブで北向きとなり、新青森で在来線と十字に交差します。

在来線は八戸から北西方面へ進路をとり野辺地へ、そこからだんだん西向きになり、夏泊半島の根っこを通過、西平内を越える辺りから進路が南向きになり始め、浅虫温泉付近では完全に南向きに、そこから青森市筒井地区付近まで南西方向へすすみ、そこからカーブで西北西に向きを変え、青森駅構内カーブにより北向きになりながら青森駅へ入ります。さらにそこから新青森へは、折り返して今度は右へカーブを切りながら西向きになり、津軽線と分かれてからの直線を進みます。地図をご覧いただくとお分かりいただけると思いますが、在来線は山裾を迂回するようにルートを取っているため、相当な遠回りとなっています。

さて本題ですが、三沢は小規模とは言え都市ですし、野辺地は下北方面への拠点機能を持っています。新幹線はそこから何故短絡ルートを採ったのか・・・。

まず基本的に三沢は八戸にやや近い。高速鉄道は駅間距離を20数km程度以上確保するのが理想的と言われてますが、これに比べると在来線八戸-三沢間は21.0kmで、三沢市の人口を考えると、正直微妙です。それと、道路なんかもそうですが、建前上は「金をあまりかけないように努める」必要があり、さらに過剰投資で批判を浴びた新幹線ですから、ますます必要性が薄ければ金を掛けられない・・・。その辺で野辺地も、下北半島全体の人口を考えると、集客力と言う点ではいまいちと言わざるを得ない・・・。

やっぱり三沢や野辺地を通すための費用対効果が薄いし、工事施工距離が延びてその分コストアップになる、さらに北海道方面に延伸させるルート設定のための新たな問題が出るなどの理由でしょう。

「止むを得ない」というのが正直な印象ですね。

ただしそれと引き換えと言うべきか、在来線ではトンネルがあまり無いのに対し、新幹線では6割以上(それでも盛岡-八戸間に比べると低い割合)です。在来線敷設当時に比べ、長大トンネル掘削の技術が飛躍的に進化したのがやはり大きいということでしょうね。

本日は・・・

251←新青森駅すぐ南の電化工事の一場面。

作業員の方、お疲れ様です。

これは上り線用・下り線用架線柱間にビームを渡す作業のようでしたね。恐らくこの付近にポイントがあるものと思われます。ポイントは多分シーサス(交差)ポイントでしょう。ちなみに、どこかで見つけたCGでは、奥津軽(仮称)方(北海道新幹線側)もシーサスポイントが描かれてました。北海道側はホントにシーサスになるのかは今は分かりませんがね(笑

※今まで放ったらかしになっていましたが、12月27日記述の誤りを訂正。

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2008年10月14日 (火)

大間-函館間、ひとまず1年存続決定!

その場しのぎと言われてしまうのでしょうが、

大間-函館間のフェリー路線、県と大間町が合わせて1億2000万を上限に経費を支援して、とりあえず道南自動車フェリーによる1年間の存続が決定しました。しかし、減便と運賃アップ、さらに青森-室蘭は当初の予定通り運行取りやめですか・・・。

地元にとっては厳しいことに変わりはないでしょう。

しかし、たまに考えることですが、青森県民に限らず、地方の皆さんに「隣の地域よりもまず東京などの大都市に目を向けることに意識をしがち」という意識を持ち続けていたツケが回ってきたケースのうちの1つなのかな~と。

前にも述べましたが、青函間の旅客流動は、決して多くはない。それを簡単に表せる数字が、青函間の1日あたり約5000人という利用者数と、東北新幹線八戸-盛岡間の同10000人超という利用者数の比較です。相当乱暴に、かつ簡単に表すための数字なので突っ込みはご勘弁いただきたいんですが、比較的近い都市規模同士の数字であるにもかかわらず、利用者数にダブルスコアがついている。これはひとえに盛岡-八戸間の延長上にある仙台・首都圏という大都市圏の存在が大きいと思われます。

こういうことを考えると、大都市圏への繋がりというのはデカイなということと、逆にそれに比べれば近接地域間の交流が脆弱であることが言えてしまうのかなと。

本日急いで書いたので、内容を見直して誤りがあるようでしたら、また後日同じテーマで述べたいと思います。ご了承を・・・。

さて、本日は、

255 ←新青森駅すぐ西側の踏切(踏切名=石上踏切だったかな?)から津軽新城方面を望む。

9月19日撮影。奥に茶色の鉄骨が見えますが、ちょうどここの位置は小さな橋梁になっており、その線増のためにあると思われます。線増部分はだいたいこの付近まで来ますね。新青森駅の奥羽線の行き違い線は、貨物列車の行き違いが可能になるように534mと相当長く取られているので、この踏切のさらに西側から新青森駅東側の石江踏切のさらに少し東側までまたがってしまいます。

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