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2008年11月

2008年11月28日 (金)

新青森駅内の設計を語る その2

前回に続き、新青森駅内の設計について。本日は南北自由通路についてです。

現在の南北自由通路の幅は6mとなっています。鉄道・運輸機構案では4mだったのを青森市が拡幅の要望を出して2m追加、計6mになったとのこと。

敢えて誰かは述べませんが、「これでは狭すぎる、12mにしろと声を荒げた方がいらっしゃいます。主旨は「県都の駅なのに八戸駅より自由通路の幅が狭いのは何事だ!?」です。

この方は恐らく

八戸駅は橋上駅新青森駅は高架下駅という違いの他、

自由通路の長さは新青森駅は八戸駅よりも圧倒的に短い」という構造上の特色よりも、

「県都としての役割」を重視したのでしょう。

結局南北自由通路12m案は、さほど騒ぎが大きくならなかったので世間からはスルーされてしまいました。

ただ個人的には6mで良いかどうかがちょっと心配です。先日の都市計画道路・内環状線の話と関連しますが、新青森駅の南口というのは、実は東口(北口)よりも市の主要な住宅地から距離が近い場合が多く、使い勝手が良いかもしれないからです。

一応、内環状線とそれを横切る都市計画道路(奥羽線北側に計画)によって、かなり容易に東口(北口)に誘導することが出来ますが、市民にとってはちょっと遠回りさせられる感覚があるのではないでしょうか?

なので12mでもありはありだなというのが個人的意見です。ただ、恐らくもう自由通路は6mのつもりで工事には入っているんでしょうから、南北自由通路の短さ自体が救いとなって6m幅でも十分という結果が出るといいんですが・・・・・

本日は天間館路盤第5弾、平成19年5月撮影。

H1905_3

(↑)本線軌道中心部から七戸(仮称)・八戸方面。

前回の平成19年1月からの4ヶ月の間、中部上北広域農道の跨線橋への切り替えが行われ、軌道中心部の写真は今回からは跨線橋上からの写真です。

H1905 H1905_2

(↑)この2枚は切り替わった中部上北広域農道から。

左がこれまでと同じく本線南側から。これは跨線橋の様子を撮ったもの。本線はほとんど写っていませんが、右側の奥にわずかに側壁が見えます。

右は本線北側から。左のものに比べると本線が見えますが、やはりあまり写っていません。

H1905_4

(↑)本線軌道中心部から、新青森方面。この時あたりが八甲田トンネル坑口を見やすかったですね。

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2008年11月27日 (木)

新青森駅内の設計を語る その1

本日は、ただ今工事真っ最中の新青森駅について。

新聞記事にもなったので御存知の方も少なくないでしょうが、設計変更を経ています。

公表された当初の設計イメージでは、在来線改札と新幹線改札が改札事務室を挟んで直角に配置され、位置が近いというものでした。

しかしこの案には大欠点があります。それは在来線に乗る場合のケースですが、旧駅時代の主たる入口であった南口からだと、一度北側に大きく回りこんでからまた南側へ戻るという遠回りをさせられ、動線が効率的でないというもの。

私もこの基本案を見たとき、正直利用実態を把握して設計されたとは思えず、気に入らなかったです。

行政や市民もさすがに同じような考えを持ったらしく、市民からの声として在来線改札口の位置を変更、新幹線改札から位置を離して在来線のほぼ真上に在来線改札口を設けるという、現在の設計となりました。

当初案に比べて新幹線改札と在来線改札が離れてしまいましたが、新幹線利用者と在来線利用者を分離できるということで、まあ大丈夫でしょう。

本日は天間館路盤第4弾、場所はこれまでと同じで、平成19年1月撮影。

H1901_2 H1901

(↑)軌道中心部から七戸・八戸方面を望む。右写真は左写真の拡大。前に比べるとコンクリートの部分が広くなってきてますね。ここから奥が勾配になっていると、このとき初めて分かりました。

H1901_3

(↑)中部上北広域農道(旧道)と完成が近づいた跨線橋(現道)。本線南側から。

H1901_4 H1901_5

(↑)軌道中心部から新青森方面を望む。大分路盤が出来てきてました。あ、左側の自分の影が・・・・(恥)

いや~思い出しますね。このときは1月だというのに、青森市内ですら積雪ゼロという異常気象でした。おかげで確かに寒かったんですが、撮影がすごく楽でしたね。とは言え、ここは夜明け直後に撮影(7時半頃)したので、露出の設定には気を使いました。特に東に向けて撮る写真はモロに逆光になりますからね。

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2008年11月26日 (水)

北海道新幹線も一応着々と・・・。

一部で新函館以北が来年度着工出来そうだという情報が出始めている中、粛々と工事が進む北海道新幹線新青森-新函館間・・・。

今回のテーマはかすかなものながら入手した、北海道新幹線の現況、青森県側についての情報です。

まずはこちら。

http://www.town.sotogahama.lg.jp/blog/sb.cgi?cid=11(外ヶ浜町公式ブログ)

定期的に行っている現場パトロールの様子のブログですが、館沢トンネルがもうすぐ貫通の見込みである他、津軽蓬田トンネル本格着工に向けての準備は、9月30日付け記事で私が述べた状況に引き続き行われているようです。

明かり区間の工事の方も、11月中に鉄道・運輸機構により「瀬戸子高架橋外」(1728m)と「奥内高架橋外」(1836m)の詳細設計の入札告示が出されました。

この記事を書く前に鉄道・運輸機構の入札・契約情報を頼りにざっと確認してみましたが、「六枚橋川橋梁外」や「野木和架道橋外設計検討」など、以前から準備が行われていると思われるものもあります。

目立たないところで本格工事に向けて、現場の方は一生懸命がんばってらっしゃるようですよ。

本日は天間館路盤他工区の第3弾。場所は前2回の記事と同じく、中部上北広域農道との交差部で、平成18年9月撮影。

H1809_2 H1809_4 H1809_5

このときはモロに雨に当たりましたね。傘を差しながら写真を撮ったのを覚えてます。

左から、本線軌道中心部より七戸(仮称)・八戸方面を望む。

真ん中は、本線南側に移動して道路との交差部を捉えたもの。本線はパワーショベルがある場所と、右に移る建設中の跨線橋の一番手前の橋脚の、さらに手前側を交差します。結構斜めになって交差するんですよ。

右はまた本線軌道中心部より新青森方面を望む。雨のせいであまりよく見えませんが、奥に写る八甲田トンネル七戸(仮称)側坑口付近では、レール敷設を行っていたようです。

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2008年11月23日 (日)

七戸十和田って、長い?

とある方から頂いたご意見です。

「七戸十和田」って駅名、長くないすか

今日は駅名についてお話してみましょう。

東北新幹線は起点から数えて、

東京上野大宮小山宇都宮那須塩原新白河郡山福島白石蔵王仙台

古川くりこま高原一ノ関水沢江刺北上新花巻盛岡いわて沼宮内二戸

八戸七戸(仮称)新青森

と、建設中の2駅を含めて計23駅(2008年11月現在)あります。

このうち、読んでも書いても短いのは同率で上野小山二戸の3駅の2文字3音、

逆に読んでも書いても長いのは、これも同率でくりこま高原いわて沼宮内の6文字8音です。

仮に七戸(仮称)の駅名が「七戸十和田」となれば5文字7音で、比較的長い駅名にはなりますね。

ちなみに白石蔵王水沢江刺は七戸十和田と同じ7音ですが、見てお分かりの通り、4字です。七戸十和田はこの2駅に比べると、書いて長い駅名です。

というわけで「七戸十和田」だと、単独3番目の長さ(独断)になっちゃいます。

長い駅名が嫌いな方にとっては鬱陶しいでしょうね。前にも似た内容を言ったことがありますが、私は駅名は長い短いよりも、利用者にとってなるべく正確な名前が好ましいと考えています。「十和田」を付けるのは譲歩するという意味で「あり」とは思いますが、これを外したほうが所在地に対して正確かつ短い駅名ですから、こちらをやはり好む人が多いんでしょうかねえ?

どんな結果になるのかは今しばらく時間が必要ですが、JRの最終判断が注目されます。

本日は天間館路盤他工区第2弾。

前回と同じく七戸町底田、中部上北広域農道から全て平成18年5月撮影。

H1805_2 H1805_3

上の写真左側は軌道中心から八戸方面を望んだもの。新幹線本線との立体交差のために、跨線橋も併せて建設中。右の写真はそれを拡大したもの。

次は

H1805_4 H1805

左側は本線南側から旧道路部分との交差部と建設中だった跨線橋を望む。本線は右2本の橋脚の間を交差。

右側は本線軌道中心上から、八甲田トンネル入口(新青森方面)を望む。

このとき本線のRC路盤工事の真っ最中でした。道路との交差部は後回しにし、畑地や原野の部分を優先的にやってましたね。

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2008年11月21日 (金)

この店は、自分のPC生活の原点(笑)

今日は11月4日付け記事でお話した、修理に出したDVDレコーダーの話。

最初は某家電量販店で申し込み、メーカーによる修理の見積もりの連絡をもらいました。

ドライブ交換と本体側再生スイッチの2箇所の修理で、見積額は20000也。

うーん、もう一声!!!

・・・と言うことで、Mr.コンセントに持って行ってみました。

すると、18900!!1100円の得というちょっと微妙な金額差ですが、そのまま修理を頼みました。で、今週月曜日に戻ってきましたよと。

修理明けしてからDVDとCDのそれぞれ再生しかやってませんが、これでちょっと様子見です。録画の方も問題でしたからね。あ、そうそう、うまく再生されなかったDVDソフトも今のところうまいこと再生できてるようです。

ぢつはこのMr.コンセントという店、私にとってPC生活の原点だったりします。

3年前ある日のこと、職場で「故障したプリンター、メーカー修理費高いから誰かもらわないか?」という話になりました。ちょうどPC購入を考え始めていた当時の私は、じゃあもらっちゃおうかな~とその話に乗りました。

職場の先輩から「Mr.コンセントなら修理費安く上がるかもよ?」とのアドバイスをもらい、早速持ち込んで見積もりとってもらったところ、

メーカー修理より安いじゃん!!

ということで修理を即決、それがPC購入につながりました。

このときも感じていましたが、な~んか私、PCを買う順序がメチャクチャかもしれませんね(笑)

さて、話はDVDに戻りますが、職場のみんなに修理したと話したところ、案の定・・・

やっぱ買っちゃおうよブルーレイ

と言われました。

ええ、言われると思いましたよ

さて、本日からはこちらいってみましょう。

H1708 H1708_2

いずれも平成17年8月の様子です。軌道中心上にあたる場所から左側が七戸(仮称)・八戸方面、右側が新青森方面です。

おや?右の写真にトンネル坑口が見えますね?

そう、八甲田トンネル七戸(仮称)八戸側坑口です。

今回からは七戸町底田、中部上北広域農道との交差部であるこの付近、天間館路盤他工区を数回に分けてアップします。お楽しみに

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2008年11月18日 (火)

エクストラドーズド橋って、どんな橋なの?

ここ数回、三内丸山高架橋他工区の「エクストラドーズド橋」の写真をアップしています。でもそう言えばどんな橋なのか解説してなかったよな・・・・・。

ということで本日のテーマはエクストラドーズド橋についての解説です。

まず、「橋」についてですが、いろいろな種類があるもんです。「桁橋」、「トラス橋」、「アーチ橋」、「吊橋」、「斜張橋」、そして「エクストラドーズド橋」・・・・・。

エクストラドーズドというのは「範囲外(extra)に補強された(dosed)」という意味で、世界で最初に採用されたのは道路橋として神奈川県小田原市の「小田原ブルーウェイブリッジ」(西湘バイパス石橋支線)で、鉄道橋としての国内初の採用は北陸(長野)新幹線上田-長野間の「屋代橋梁」です。

橋梁形式から見ると、この形式は桁橋(桁の曲げ抵抗によって荷重を支持する、もっとも基本的な橋梁)と斜張橋(塔から斜めに張ったケーブルで桁を直接吊った橋梁)の中間に位置します。ただ、外観は斜張橋に似ていますが、構造的には桁橋に近い特性です。斜張橋やその応用元となった吊橋がケーブルで桁を吊ることによって剛性を保つのに対し、この形式は桁自身の方に剛性を持たせることに主眼を置いているという違いがあります。なので斜張橋とは似て非なるものなんですね。

利点は主塔の高さを低く抑えることができて景観上の問題を緩和でき、さらに施工性・経済性に優れていることだそうです。

ちなみにプレストレストコンクリート(PC)製に限定すると、この形式で世界最大規模のものが、青森県内にあるってご存知でしたか?三戸地区広域営農団地農道の一部で馬淵川と青い森鉄道を跨ぎ、平成17年3月25日竣工した三戸望郷大橋です。

何が最大かというと、支間(スパン)です。何と200mものスパンがあります。しかしわずか1年後の平成18年にその記録が徳之山八徳橋(国道417号、徳山ダム湖にかかり、スパン長220m)に抜かれてしまいました(泣)この形式はスパン長100m~200mでの採用が一般的ですから、素直にスゴイです。

さらにちなみに、これよりもスパン長が長いものもあります。これはPC・鋼複合のもの(世界初の例)ですが、伊勢湾岸自動車道(新名神高速道路)のトゥインクル・木曽川橋の275mです。これもスゴイ!!

写真のアップは、本日は今年9月まで一気にいっちゃいましょう。

H1909_2 H1909

まずは平成19年9月撮影のもの。左は沖館川左岸より1本北側の道路からエクストラドーズド橋全体を望み、右が左岸沿いの道路から新青森寄りの高架橋を望みます。

次に、

H1909_4 H1909_5 H1909_6 

撮影時期は同じですが、国道環状7号バイパスから。左は本線西側から、真ん中が同じく東側から、そして右は本線東側よりさらに七戸(仮称)・八戸側の高架橋を望む。七戸(仮称)・八戸側(左写真の右側、真ん中写真の左側)は張り出し工法による工事が終わっていたようで、新青森側からのドッキング待ちの状態でした。

さらに次に、

H1912_4 H1912_2

平成19年12月末のもの。左が沖館川左岸沿いの道路、右が国道7号環状バイパスの、同年9月とだいたい同じ位置から撮影。張り出し工法による工事が終了し、橋の主塔に組まれた足場の撤去と側壁造りをやってました。

平成20年5月分は6月9日分記事にアップしたので省略。最後に手持ち写真の最新である平成20年9月のものを・・・。

H2009_281

電化工事が本格化してきています。ここからは分かりませんが、橋の上ではいつの間にかレールの敷設も完了!

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2008年11月16日 (日)

内環状線は、実は超重要な道路。

ほう、起工式やりましたか。

11月14日、青森市石江地区で都市計画道・内環状線、「新青森跨道橋」の起工式が行われました。長さ約65メートル、幅約27メートル、事業費は約38億円で、JR東日本が工事を施行するとのこと。

現地は三内地区の青森ダ○ハツ本社が角地になっている交差点から北進し、マ○ダドライビングスクールの用地を突っ切って、その奥にある奥羽線を潜るという構造を採ります。ここが新青森跨道橋。さらに北進するとフェリ-埠頭通り交差点(ガーラタウン近く)に至ります。これがいわゆる内環状線の「石江工区」ってヤツです。

ここで「内環状線」全体について解説。

http://www.city.aomori.aomori.jp/toshi/math031.html←青森市HP、まちづくりのページ

(当blog、いろんな地域の方にご覧いただいてますので、一応市役所HPリンク貼っときます。)

経路は東側から環状7号バイパスと交差点をなし、赤川を渡って自由が丘→浜館→古館→筒井地区を通り、堤川(荒川)を渡って浜田地区へ入ります。

国道103号(観光通り)を横切ると緑・青葉地区の境を通り、通称・金沢小学校通り→浪館前田地区からカーブを描いて三内地区へ入り、三内小学校をかすめた後、既完成区間の三内工区と工事中の石江工区に至り、国道7号西バイパスを横切ってフェリー埠頭へ至ります(いわゆるフェリー埠頭通り)。

内環状線とはJR線と国道7号環状バイパスのだいたい中間を、住宅地を突っ切るように通る環状道路ですが、このうちの完成区間は自由が丘⇔古舘と観光通り⇔金沢小学校通りへの接続部、三内工区、フェリー埠頭通りです(金沢小学校通りも一応その内環状線の一部ですが、手直し工事が必要との話なので、ここでは未完成扱いにしました)。

私見を述べさせていただきますが、内環状線は対新幹線アクセス道路としては、最も重要な道路です。特に操車場跡地近くから西側のJR線から南側に位置する住宅街にとっては、この道路の存在は大きいものになるでしょう。

何故なら、路線バスを含むクルマ以外にアクセス手段が無く、新青森駅との距離が近いのにクルマへの依存度がどうしても高くなるからです。

操車場跡地近くになると、鉄道でのアクセスという選択肢も出てくるんですが、金沢・大野・浪館などの地区からだとモロにクルマしか使い物にならなくなります。

どうも青森市の新幹線・新青森関連の都市計画を見ると、「国道7号を通らないといけないの?」と思わされるくらい、一部で旧来の中心市街地からの道路アクセスにこだわりすぎのものがあり、住宅街からのアクセスを蔑ろにしている感があります。

別に全ての人間が旧来の市街地に住んでるわけじゃないですよね?しかも利用者の多くは、自宅から新幹線に乗りに新青森へ直接行ってしまうと思うんだけどな・・・。

ど~してそういう頭、回らないかな?(爆)

今日は国道7号架道橋・沖館川橋梁の第3弾。

H1809b H1809b_2 H1809_4

この3枚はいずれも平成18年9月撮影。

左から-三内霊園入口交差点より市道を少し東側に寄ると新幹線はこの市道とも交差しますが、そこから七戸(仮称)・八戸方面を望む。

中-沖館川左岸沿いの道路から。高架橋を含め、エクストラドーズド橋の橋脚を造ってます。

右-国道7号環環状バイパス東北道青森IC傍から。こっちもエクストラドーズド橋の橋脚を造ってます。

次に、

H1901b H1901 H1901_2

こっちは平成19年1月の様子。

左-沖館川左岸沿いの道路から。橋桁が張り出し始めています。

中-国道7号環状7号東北道青森ICそばから。このときはイイ感じでアップで取れましたね(笑)

右-同じ位置から七戸(仮称)・八戸方面の高架橋の様子をとらえる。

さらに次に、

H1905 H1905_2 H1905_3

平成19年5月の様子。

左-沖館川左岸沿いの道路から。上に載せた写真から少し本線に近づいた位置からのもの。

中・右-前回と同じ位置から。張り出し部が国道上に迫り、結構迫力がありました(笑)

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2008年11月13日 (木)

ここにきてケンカですかい?

あー、やっぱり・・・

七戸(仮称)駅名問題のことです。

七戸町議会の新幹線特別対策委員会で、先に七戸町長と十和田市長の2者で合意し知事の報告した、「上十三地域広域市町村圏協議会」としての「七戸十和田」案に反発。七戸町議会としての案はシンプルに「七戸」となりました。

七戸町議会の不満は、「町長が町の意見を聞かずに十和田市長と歩調を合わせ、さらに知事に報告までするのは、順序としておかしいだろ?」というもの。

確かに。しかし町長と町議会の考え方が合っていないのを見て、私は思います。

正しい順序だったとしても文句付けてくるでしょ?

JRに提出する案は複数でも構わないので、ここから先はJRに一任してしまった方が丸く収まりそうですね。

さあ駅名問題、どうなることやら・・・・・。

本日は国道7号架道橋・沖館川橋梁の第2弾。

H1787 ←平成17年8月撮影。

某重機会社敷地の裏山にあたります。七戸(仮称)・八戸方面を望む。あ、相棒のミラーが写ってる(笑)

7 同じく平成17年8月撮影。

こっちは新青森方面を望む。自分の手を写してしまいましたが、敢えてトリミングしませんでした。

H185 ←平成18年5月撮影。

国道7号環状バイパスから八戸方面を望む。高架橋の橋脚を造ってましたね。

H185_2 ←同じく平成18年5月撮影。

国道環状7号。ご存知東北道青森ICそばです。ここはかつてこんな感じでした。

H185_3 ←こっちも平成18年5月撮影。

国道7号環状バイパスから新青森方面に直線距離で数百m移動したところ。七戸(仮称)・八戸方面を望む。

エクストラドーズド橋部の橋脚を造っているところでした。

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2008年11月11日 (火)

まずは筒井と野内ですか。

時系列が前後してしまいますが、11月8日付け東奥日報(私はWeb東奥にて確認)に筒井・野内(現・野内駅の移転?)に新駅設置へ動き出す(11/7判明)という旨の記事が載りました。両駅とも通学需要を当て込んでいるため優先させることになったようです。また、比較的安いコストで出来ることもその理由の模様ですね。

これが新幹線新青森開業と同時になるかは未定です。さらにこの発表の3日後の11月10日に新幹線開業時期2010年12月目標が正式発表されましたから、新幹線開業と筒井・野内両駅の開業は同時にはならないと考えた方がいいでしょう。

※ABAのニュースによると、市議会は「同時を目指す」とは言ってますが、個人的にはさすがに厳しいと予想。(ここまで23時25分 追記) 

この両駅の構造はどんなものなのか?でもだいたい想像が付きます。

両地区では青い森鉄道線(現・東北本線)は盛土の上を走りますが、

道路から盛土上にある上下線各ホームにそれぞれ階段を取り付け、直接アクセス

という、かな~り簡素な造りにしてくるんでしょう。

その代わりと言っちゃ何ですが、青い森セントラルパーク(操車場跡地)は市の中心部だし、どんな構造でも立体交差(歩道でも)が必要になるため、少しお金を掛けて造ってくると思います。

しかし皆さん、「ホーム造るだけならすぐだろうし、そんなに金掛かんないでしょ?」と思われがちですが、それは大間違い。交流電化区間の駅の場合、どんな簡素な駅でも1駅造るのに億単位のお金がかかります

架線設備の改修と信号機設置位置の見直し、貨物列車運行関係でJRのデータベース改修も恐らく必要になるでしょうから、新駅設置って私たち素人が思い描くほど簡単な話ではないとのこと。

しかしああだこうだ言っても、青森市などによる市内構想3駅(操車場跡地、筒井、野内)のうち2つが造られる見通しが立ったのは良いですね。

ただ注文をつけさせていただくと、「地元民しか駅の場所が分からない」なんてことが無いようにして欲しいです。

青森県内は地味~にそういう駅が多いような気がするもんですから・・・。

新幹線の開業が近くなったら、その検証、やってみようかな?

今回からは、青森市の「明かり部分」のハイライトと言って良いでしょう、国道7号架道橋-沖館川橋梁部、前に一度アップしたエクストラドーズド橋の様子を追っていきます。

まずは平成16年8月。

H168b_2

沖館川左岸から新青森方面に寄った部分。軌道中心から八戸方面を望む。

写真は載せられませんが、対岸では当時ボーリング調査をやってました。

おことわり:※印部分、同日に加筆しました。

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2008年11月10日 (月)

2010年12月目指してガンバレ、JR東日本&鉄道・運輸機構!!

長いタイトルですが、上記の通りです。

先ほど仕事を終えて帰宅し、東奥日報社(Web東奥)とJR東日本HPを見たところ・・・・・・・

東北新幹線八戸-新青森間の開業は2010年12月を目標とする。

http://www.jreast.co.jp/press/2008/20081107.pdf(JR東日本プレスリリース)

と正式発表されてるじゃあないですか(従前情報より3ヶ月前倒し

さて、ここで気になるのは「高速化」について。

プレスを読むと、残念ながら高速化時期は従来の予定通り2010年度末(2011年3月?)からとし、高速化自体は前倒しはしないとのことです。

つまり、E5系は開業当初3ヶ月ほどは運用に就かないor就いたとしてもE2系並に速度を抑えて走るということになりそうですね。

その結果、開業当初の東京-新青森間の所要時間は3時間20分程度ということになる模様。

まあ、前まで正式だった開業予定時期よりも3ヶ月前倒しされるのだから、これ以上望むのは贅沢かなぁ・・・。

何にしろ、うれしいお知らせです。

2010年12月に無事に開業できるようにがんばってください、JR東日本さん&鉄道・運輸機構さん(←キモイかもしれませんが大目に見てやってください。)

本日は、ちょっと既出のものとかぶるかもしれませんが、

076 ←平成20年9月撮影

新青森駅東口全景です。手持ちのものから全景が写っているものを選んでみました。

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たぶんこういう使い方なんだろうな?

前回は青森市特集HPに載っている工事進捗状況の写真のうち、新幹線車両基地内のシーサスポイントが写ってるものについて、これが「行き止まり高架橋」の使い方の鍵という予想を述べました。今日は予告どおり、勝手に考えた使い方の一例を述べてみます。

青森車両基地は設備が横並びになっているようです(いわゆる並列配置)。どういう施設がどういう配置かはまだ私にはわからないんですがね(笑)

車庫と洗浄線が隣り合っているとして(←あくまで仮定)、洗浄線を通った後に車庫に入る例を想像してみると、

本線から分岐洗浄線いったん引き返す。ただし引き返し先は「行き止まり高架橋」。車庫

というようなものでしょう。今回の例で洗浄線としたものは他に融雪線でも何でも例になると思いますが、行き止まり高架橋は基地内専用の引上線といったところかと想像できます。

決して無駄に造ったわけじゃなさそうですよ(笑)

あ、いきなり話が飛びますが、青森市特集ページの工事進捗状況の写真についてちょっと注文を付けさせてください。

もっとでっかいサイズ、無いんすか?(←暴

・・・いえね、鉄道・運輸機構の協力を得ているだけあって、私たち素人には絶対に撮影できないものが出てくるのは嬉しいんですが、サイズ、小っちゃ過ぎます(泣) 皆さんそう思いませんか?

さて、本日で松森架道橋は最後。

H1909_4 ←平成19年9月撮影。左が新青森方面、右が七戸(仮称)・八戸方面。

同年5月時点では左半分の一部が掘り下げられている状態で、何時の間にか逆転!

H1909_5 ←上の位置から橋脚に近づき、撮影。

続いては・・・、

H1912_2 ←平成19年12月撮影。

左半分も掘り下げが完了し、「フツー」の道路に。いつの間にか架線柱も立てられてました。

H2005_2 ←平成20年5月撮影。

電化工事中。き電線が張られています。

H2009_3 ←平成20年9月撮影。

上下線とも架線が張られ、パッと見は完成したように見えますね。

・・・さて、何やらJR東日本から重要な情報が入ったようですよ。今日は特別に記事2本立てでいきます。2つ目はこれからつくりますので、しばらくお待ちを・・・。

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2008年11月 9日 (日)

見たかった新青森駅内部のイメージ図

青森市のHP「くるぞ新幹線!活かすぞチャンス!~東北新幹線新青森駅開業に向けて~」が更新されましたね。(めんどくさいので、以下は「青森市特集ページ」と表記します。)

http://www.city.aomori.aomori.jp/shinkansen/shinkansen.html

変更内容は、新青森駅舎デザインのイメージ図更新、今年9月現在の工事進捗状況の写真が追加されたことです。イメージ図の中には駅内部のものが幾つかありますが、こういうの、早く見たかったんですよ(笑)

イメージ図は特集ページトップ(クリックすると画像がランダムに変わるようになっているもの)と「新青森駅舎デザイン」ページにありますが、注目は南北連絡通路のイメージ図2階コンコースイメージ図3階新幹線ホームイメージ図ですね。特にホームのイメージ図は母親が子どもを抱っこして一緒に新幹線を見ているのが描かれていて、微笑ましさでちょっと顔がほころんでしまいました(笑)

工事進捗状況の写真は、車両基地内のシーサスポイントが写ってるものが特に注目かなあ。実はこれが勾配無しで新青森方に延びている「行き止まり高架橋」の使い方の秘密でしょう。

「行き止まり高架橋」については次回、勝手に想像してみた使用例を1つ上げてみます。

さあ、今日も松森架道橋ですが、少し写真の枚数を多めに・・・。

H185 ←平成18年5月撮影の七戸(仮称)・八戸方面。奥は松森トンネル。

このときは、高架橋の橋脚が組まれている真っ最中でしたね。

H185_2 ←同じく新青森方面。

木の伐採が進み、整地もされてきました。工事用フェンスは何かと言うと・・・。

H189bt ←平成18年9月撮影。七戸(仮称)・八戸方面。

奥に写る高架橋の形が現れ、手前側にさらに高架橋の基礎が組まれています。

H189bt_4 ←これが松森架道橋橋脚。七戸(仮称)・八戸側のもの。

あれ?まさか新幹線とあろうものが、道路と平面交差するわけじゃないよな?と思っていたら・・・。

H189bt_2←少し南側(南部工業団地)へ寄った位置から

左が新青森方面、右が七戸(仮称)・八戸方面です。

H189bt_3 ←上の写真の拡大

重機が何やら作業中。道路を掘り下げています。というわけで、道路の方を掘り下げて立体交差させようということですね。

H189bt_5 ←こっちも松森架道橋橋脚

こちらは新青森側の橋脚です。さっきの工事用フェンスの部分。実はこの橋脚を造ってたんですね。手前に写る鉄板は、上の写真の道路掘り下げ部分。

平成19年1月の写真は、立ち入り禁止となっていたため撮影できず、ありません。

しかし、その結果・・・

H195b ←平成19年5月撮影。

しっかりと架道橋が架かっていました。道路の掘り下げはまだ途中でしたね。右側に注目。

あれじゃあどんなクルマも潜れません(笑)

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2008年11月 7日 (金)

地元案はやっぱりこんなもんか。

昨日、七戸(仮称)駅の名称について、七戸町長と十和田市長が県庁を訪れ、先に行われた「上十三地域広域市町村圏協議会」(10/30付け記事参照)の意見として「七戸十和田」とすることで一致したと知事に報告したそうです。どうやら駅名はこれでJR東日本へ要望するということになりそうですね。

例によって(?)一通り出揃った各メディア記事をざっと読んでからこの記事を書いてますが、私は「七戸十和田」という名前自体はインパクトも何も無く、至極普遍的かつ当然と思います。前にお話した通り、私は「七戸」単独でいいが、妥協するなら「十和田」を付けるといいと思ってましたので、自分の想定の範囲とピタリ当たりましたね。(10/8付け記事参照)

ただ、駅名要望案決定の過程を振り返ってみると、七戸町長と十和田市長の政治家としての度量の違いも明らかになったと思うのは私だけでしょうか?

私は十和田市長の主張は、立場上当然のことなので、間違っているとは言いません。しかし「駅の存在による効果を広域的に広めたい」という狙いを持っている七戸町長に対し、「『十和田』というインパクトを利用したい」と十和田湖のブランドイメージにしがみつく十和田市長という構図が浮かび上がります。どうも十和田市は他地域のことを考えた結果を出したとは思えないんですよね。

さて、とは言えこの「七戸十和田」もまだ仮称です。これを基にJR東日本が開業1年前に駅名を正式決定するわけですが、果たしてこのまま「七戸十和田」が通るかどうか・・・。

あ、写真の説明に使用する七戸(仮称)については、上記の通り「七戸十和田」もまだ仮称の段階ですので、基本的に「七戸(仮称)」という表現を引き続き使わせてください。

本日は前回に引き続き、松森架道橋。平成17年8月と平成18年1月撮影分です。

H178b_2 ←七戸(仮称)・八戸方面(平成17年8月撮影)

前回とあまり変わっていないように見えますが、よく見ると右側に残っていた小さい木が伐採されています。

H178b_3 ←新青森方面(平成17年8月撮影)

前回とは一変!木が伐採され、如何にもこれから本線造るぞという感じです。

H181t ←七戸(仮称)・八戸方面(平成18年1月撮影)

一番上の写真とほぼ同じ位置とアングルです。ちょっと拡大入ってますが、5ヶ月の間に木が伐採され、松森トンネルが見えるようになりました。

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2008年11月 5日 (水)

か、解体すか???

FASTECH関連の某有名blog、11/4付け記事からの情報です。

(このblogの管理人さんは、当blogを読んで下さってるそうで・・・。ありがとうございますm(_ _)m )

FASTECH360 Z(E955系)が新幹線総合車両センターの解体線に入ったそうで・・・。

私は長期耐久試験をSとの併結でやってほしかったなーと思ってましたが、どうやらその願い、叶わず(泣)

ここで私からの疑問。併結状態による長期耐久試験をやらないのもそうですが、最大のネックと言われていた新幹線区間と在来線区間の安定走行の両立は、一体どうだったんだ???

テレビでZの335km/h域での試験走行が流されていたということもあって、少なくとも330km/h程度の安定走行は可能のようですが、Zの問題は在来線における急曲線走行というのもあるわけで、先のテクニカルレビュー(当blogでは10/25付け記事で紹介)でもそのことに触れられていません。新幹線区間360km/h走行ケースでの問題の有無がもっと明らかになって欲しかったというのが本音です。そうなる前に解体されてしまいそうなのは、ちょーっと解せないなぁ・・・。

本日は、牛館川橋梁他工区のうち、「松森架道橋」の部分を。

ここはこれから3回くらいやらせてください。

H165b ←平成16年5月撮影。

ここは南部工業団地へ繋がる道路。「トンボ」は東京起点665.26kmを示しています。左が七戸(仮称)・八戸方面、右が新青森方面です。

H165b_2 ←そこから八戸方面を望む。

当時は木を伐採中でした(笑)奥の林のさらに奥には、松森トンネルがあります。当時は松森・横内・雲谷平トンネルが着工されて半年弱経った時でしたね。

H165b_4 ←同じく、こちらは新青森方面。

何と、当時は林が伐採されていませんでした(笑)

さて、ここはこれからなかなかの変化を遂げてくれるわけですが・・・・・・。

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2008年11月 4日 (火)

あいたたた・・・

先日お話した0系関連のDVDをプレーヤー(HDD無しのDVDレコーダー)にセット。さあ、見るぞ~。しかし・・・

画面が固まってしまいました

まあこの症状は今に始まったことじゃないんですけどね。前からディスクが汚れているわけでもないのに「ディスクが汚れています」のエラーが出たり、録画後のディスクへの書き込みが出来なかったりしてて、これがレンズクリーニングしても全く改善されず・・・。

別のディスクでフツーに見れるものも多かったですから、ディスクの相性なのかな~と呑気に考えながら今まで騙し騙し使って放ったらかしにしてました。

でもいい加減イラッときてしまいましたので、修理に出すことにしました。

ぶっ壊れたのを機に地デジ対応モノを買うのもいいな~とは思うんですが、ブルーレイレコーダー(仮)を買ったあとも今まで使ってたヤツをサブ機としてしばらく使うつもりだったので、そっちはひとまず保留。見積もり金額が判明次第考えようかな。

修理代、安けりゃ良いんですけどね、2万数千円は見ておきますが・・・。今年の冬は今のところデジタル一眼レフカメラを買おうかと企んでるので、ブルーレイ(一応、仮)を決断させるほどの修理費になっちゃうと、デジ一とブルーレイ(しつこいようですが、仮)でボーナスが一気に吹っ飛んじゃいます。うーん、そうなったらどっちか先延ばしにするか・・・。

あ、一応DVDはPCで見ましたよ(笑)でもPCでDVD見るのって、あんま好きじゃないんだよな・・・。

本日は、7月15日分記事の写真と合わせてご覧ください。

H178t ←平成17年8月撮影

松森トンネル地上部から新青森方面を望んだものです。

このとき本線の行く先には、まだ伐採されていない木々がありました(笑)

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2008年11月 1日 (土)

原点

0系車両が今月末で定期運用から完全引退(さよなら運転は12月)だそうです。

思えば東海道新幹線が1964年10月1日に開業してから44年以上の本当に長い間、よく生き続けてきたもんです。東海道新幹線、そして0系車両が無かったら、東北新幹線が青森県都まで来なかったでしょうし、E5系も誕生はしなかっただろうなと、ふと考えてしまいました。

普段の私は新しめの車両を好むんですが、そんなこんなで0系に対する敬意を込めて某社の0系関係のDVDを購入しました。

0系がどんな車両だったかについては誰でもすぐに調べられるので説明は割愛しますが、車両のほかの部分を合わせて、「当時持っていた技術を最大限駆使して世界初の200km/hオーバーの営業運転を果たした」ということに意義があると思います。

パッと見で、派手に新技術を投入しまくったと思われがちな新幹線ですが、誤解を恐れずに言うと、0系車両に関しては実はそうでもないと考える人もいるんですよ。実際0系は、在来線車両を発展に発展を重ねて造られたもので、当時の技術者曰くモーター、ブレーキ、制御など、要素技術では当時でも200km/hは難しくはなかったとか。しかし当然ながらそれらの200km/h超の速度で走行するための要素の中で一部が全くモノになっていなかったら営業運転させられません。そういうモノになっていなかった技術に改良を重ね、高速運転に必要なあらゆる要素が、世界で初めて営業運転できるような高次元のレベルで噛み合った結果が0系の安定走行で、それが現在の新幹線の「原点」と思います。

ちなみに、私個人の新幹線における「原点」は、やっぱり200系ですね。当時開業したての大宮駅で200系をバックに親子で撮った写真は、今でも手元にあります。

さて、今日は手持ちの写真から「原点」というテーマに相応しいものを選んでみました。

H181_2 ←東北新幹線起点と200系。平成18年1月、東京駅にて撮影。

H168_2 ←東北新幹線八戸新青森間工事起点から七戸(仮称)・新青森方面を望む。(平成16年8月撮影)

尻内高架橋・路盤が工事真っ最中でした。

H205_2 ←上の写真から少し北にずれた位置から八戸方面を望む。(平成20年5月撮影)

奥に見えるのは建物は電留庫で、将来は本線になるはずです。

今日の写真はそれ「原点」じゃなくて「起点」だろ?という突っ込みが来そうですね(笑)

ホントは鴨宮(神奈川県小田原市)だとか栃木県の石橋付近(下野市)や同県小山市、仙台駅などなどの方が「原点」に相応しくて良かったんですが、何とこれらについては1枚もありません(爆)・・・多少無理矢理感がありますが、ご勘弁を・・・(謝)

さ、DVD見るか

※11月2日、一部加筆しました。

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